07 月<< 2017年08 月  12345678910111213141516171819202122232425262728293031  >>09 月
 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
創造的であるために、

自分を責めない

インプロにおいて、自分の行動に責任をとろうとする、
とくに失敗の責任をとろうとすると、他人の評価を恐れるようになる。
そして、失敗を恐れてリスクのある行動を取らなくなる。

ここでのポイントは、自分を責めてしまうと何か学ぶことが苦痛になって、
それ以後学ぶことが強いられた活動となってしまうということ。

キース・ジョンストンは、新しいゲームを説明する際に、
「もし私が言っていることを誤解したら、もっといいゲームが生まれるかもしれない」とも言っている。

かりに間違えても、それで萎縮してしまわないこと。
リスクをとって行動するということ自体が価値のあることなのだから。
周りもその勇気をたたえるのが良いだろう。

想像の責任を取らない

自然発生的な想像は、自分の意識的なコントロールの枠を超えることもある。
それを社会一般の常識で抑制してしまうと、想像の芽をつむことになる。

ジョンストンは、
「想像はそれ自身の意志を持った巨大な動物である。それを面白がろう。
 しかし、責任は引き受けない。あなたはその飼い主ではない。」と言う。

想像と自分とが無関係であると考えるのだ。


創造的であるために

 ・普通にやる
 ・頑張らない
 ・独創的にならない
 ・当たり前のことをする
 ・賢くならない
 ・勝とうとしない
 ・自分を責めない
 ・想像の責任をとらない

そして、

 グッド・ネイチャー(good nature)であること。すなわち、
 「その人からにじみ出る、その人が本来持っている人間としてのよさ、
  または、そのよさが表れている状態であること。」


 一緒にいる仲間を喜ばせること。
 ・相手をよく見せる (Make your partner look good.)
 ・相手をインスパイアする (Inspire your partner.)
 ・相手にいい時間を与える (Give your partner a good time.)

ということを大切にする。

これがジョンストンの基本的な考え方だ。

 「私たちはスポンティニアス(spontaneous:自発的、自然に湧き出る)な衝動を抑圧している。私たちは自分の想像を検閲する。自分が普通に見えるようにすることを学ぶ。そして、自分の才能を破壊する。 -これで誰も自分のことを笑わなくなる。」

そこから自由になって、
スポンティニアスな想像を表現・行動に移すことによって、新たな価値が創造される。
スポンサーサイト
創造的であるために、

賢く(clever)ならない 

他人に「賢く見られたい」と思うと、社会一般に考えられている賢く見える行動をとる。
 それは、他人の評価への恐れ。
 また、失敗を避けるために変化を恐れる。
 そして..自分が賢いということを見せたい役者に対して、観客は敵対する。

 キース・ジョンストンは、「観客は傷つきやすい(vulnerable)あなたを見たい」と言っている。

 賢そうにふるまっている作られた自分ではなく、
 普通の自分、ありのままの自分を表現すると良いのだ。 

勝とうとしない (not trying to win) 

 競争社会の中では、勝つことに価値が置かれている。
 そして、無意識の中にも「勝たなければならない」ということがすりこまれてしまう。
 
 勝とうとするとどうなるか...

  ・他人の評価を気にする → 評価への恐れ
  ・身体的な緊張
  ・一緒にやっている仲間を負かそうとする

 そして、自分は変わらず、相手ばかり変えさせるようになる。
 これでは相手と一緒に何かを創り上げるということが難しい。

 ジャンストンは、勝とうとする代わりに
 「相手がよく見えるようにする」 (make your partner look good) あるいは、
 「相手に良い時間を与える」 (give your partner a good time) といったことをするとよいと考える。
 また、人を変えるよりも、自分が人によって変えられることが重要であると考える。

 社会一般の価値観によれば、「賢い」こと「勝つ」ことは良いことだ。
 しかしながら、社会的なこころのふるまいによって、身も心も緊張し、
 固くなっていることにもいつの間にか気付かなくなってしまう。
 
 無意識のうちに他人のオファーやその人自身を否定することによって、
 自分の優位性を示そうとしたり、人を操作したりといったことを行うようになる。

 だから、社会の価値観によって硬直した考え方をときどきはインプロゲームでほぐして、人のオファーによって自分が変わっていく過程も楽しむと良いと思われる。
 柔軟なこころからは、ちょっとした変化、創造の芽が育ちゆくことだろう。
創造的であるために、

普通にやる (be average)、 頑張らない (not trying)、 つまらなくやる (be boring)

キース・ジョンストンの言葉
『もしあなたが素晴らしい人で普通にしていたら、あなたは素晴らしいだろう。もしあなたが悪いインプロヴァイザーならば、どうしたってよくない』

人がなにかを「やろう」とするときは、自分の力を信用せず、社会的なこころに自分の考えを合わせている。人が自分自身でなくなるときだ。

また、リラックスするということについても
『もしリラックスしなさいと言ったら、緊張するだろう。何かをしなければならないと考えるから』
と言っている。
これについては、「頑張ってリラックス」するという風に書くと、その言い方がどこかおかしいところに気づくだろう。

独創的にならない (not being original) 、 当たり前のことをする (being obvious)

自分が独創的でないと評価されることを恐れると、アクションが伴わなくなって委縮してしまう。
逆に、自分にとって当たり前のことをするということ。
それは、自分を観客の前で明らかにすることである。
もともと人は異なっているのだから、その人にとって当たり前のことをすると、結果として誰とも違うものが生まれるという考え方だ。

絵、音楽、詩文や各種パフォーマンスなど、自分自身を表現する方法はいくらでもある。
その時点での自分にとって当たり前のことを、普通に、頑張らないでやることが自己実現とも言える。
インプロヴァイザーだけでなく、<自分探し>で疲れている人にも伝えたい言葉。

 *<自分探し>という言葉が流行したこともあるが、
  現在の自分を大切にしないで理想化した自己像だけを追い続け、
  それでもなかなか<自分>が見つからないと嘆いている人もいるようだ。
  <自分>は今、そこに、自分と寄り添っているのに...

他人の評価を恐れず、自分が普通の自分でいること。
それがもっともその人らしくて、自然で、そして創造的でもある。
キース・ジョンストンの言葉から。

『私から見ると、人間の中には、何か驚くような、とても力強いものがある。しかし、社会的こころ(social mind)がそれを覆ってしまっている。』

それはなぜか?
三つの恐れがそうさせているという。

一つめの恐れ : 評価への恐れ

  『物語を創造したり、絵を描いたり、詩を書いたりすると、思春期の子どもは広く評価にさらされる。なので、子どもは「繊細」とか「機智のある」とか「たくましい」とか「賢い」とか、他の人の目の前に作りだそうとするイメージのように見せるためにすべてウソをつかなくてはならない。』

 他人の評価を求める一方で、それを恐れるということ。よい評価を受けたいと思い、迎合する。時には、独創的と思われたいがために、独創的だと言われている既存のものに合わせてしまう。評価への恐れの前で委縮してしまうのだ。他人の評価が欲しくてたまらない人はその奴隷とも言える。

そこから自由になるのは、なかなか大変だ。

二つめの恐れ : 未来や変化への恐れ

  『「イエス」と言うのが好きな人と、「ノー」と言うのが好きな人の二種類の人がいる。「イエス」と言う人は、その報いとして冒険を手に入れることができる。「ノー」という人は、その報いとして安全を手に入れることができる。』

  「ノー」と否定すると、そこから先に進むことはなくなるので、未来に行かなくて済む。従って、変化もなく、結果として安定が手に入れられる。「ノー」が口ぐせになっている人は、とにかく現在の自分を守りたいのかも知れない。未来や変化を恐れているのだ。「ノー」ということで他人をコントロールしたがったり、過去のことだけを繰り返し振り返ったりというのもそうした態度にあたる。

未来や変化には不安がつきまとうのも確かだが。

三つめの恐れ : 見られることへの恐れ

  キース・ジョンストンは、人間には人の前に立つことへの恐怖が普遍的にあると考えている。その恐れが強いと、評価の恐れや、未来や変化の恐れも強めてしまう。見られているという意識が、自分を評価する他者への意識につながっていく。

 そうして身体や心が緊張し、否定的なことを言いやすくなったりする。

このような恐れを取り除くために、さまざまなインプロ・ゲームが考えられている。
インプロ教育―即興演劇は創造性を育てるか?インプロ教育―即興演劇は創造性を育てるか?
(2006/12)
高尾 隆

商品詳細を見る


インプロ教育による創造性の育成について書かれた本だが、
この本には、20世紀半ばに近代インプロを創始した、
キース・ジョンストンの基本的な方法論が次の言葉でまとめられている。

 ・普通にやる  

  ・頑張らない

  ・独創的にならない

  ・当たり前のことをする

  ・賢くならない

  ・勝とうとしない

  ・自分を責めない

  ・想像の責任をとらない

各々の項目についてはおいおい話をするとして、
その基本にある考え方は、
「大人は委縮した子供である」 ということ。

もともと子供は創造性に富んでいるのだが、成長するに従い、
社会のきまりごとや他からの評価によって、
自発的なこころの動きや表現が失われてしまうということだ。

逆に言うと、大人は、普通にやらずに何か目立つような行動をとったり、
頑張ったり、自分を賢く見せようとしたり、無意識に競争に勝とうとする。
その状態を「委縮した」という言葉で表わす。

インプロ教育は、創造性を与えるというのではなく、
もともとあった創造性をよみがえらせる方法としてとらえられている。

社会のきまりごとにとらわれた自分から自由になること、
その場で生まれた自然発生的なこころと身体の動きを大切にすること。
それは自分自身を大切にするということでもあるようだ。
だから、特別人の目を引くような突飛な行動をとらなくても、
自分が自分自身であることで独創的でありうるという考え方。

それは逆説的にも見えるが、実際にインプロをやってみると、
自分があまりにも社会の求める枠の中にはまっているかがよくわかる。
インプロゲームを楽しむことでひとときでもそこから出てみると、
リフレッシュしたり、リラックスしたりできる。

そこで感じていることをもとに、自然な変化を受け入れていくと、
相当面白いことになると感じられる。
 

カレンダー

プルダウン 降順 昇順 年別

07月 | 08月 | 09月
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -


 
 

全記事表示リンク

 
 

検索フォーム

 

プロフィール

青狐レオ

Author:青狐レオ
催眠や心理学について研究しています。 テーマは「催眠」「心理学」「精神医学」「コミュニケーション」など。その他には、マジック、アート、インプロ、映画にも興味があります。

 

QRコード

QRコード
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。