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日本文学史上、あまりにも有名な作品。
この作品の中にも催眠のシーンが登場します。
胃の不調に悩む苦沙弥先生(=漱石)と医者の会話。

「先生、どうも駄目ですよ」
「え、なに、そんな事があるものですか」
「いったい医者の薬は利くものでしょうか」
 甘木先生も驚いたが、そこは温厚の長者だから別段激した様子もなく、
「利かん事もないです」と穏やかに答えた。
「私の胃病なんか、いくら薬を飲んでも同じ事ですぜ」
「決して、そんな事はない」
「ないですかな。少しはよくなりますかな」
と自分の胃の事を人に聞いてみる。
「そう急には治りません、だんだん利きます。今でももとよりだいぶよくなっています」
「そうですかな」
「やはり肝癪(かんしゃく)が起こりますか」
「起こりますとも、夢にまで肝癪を起こします」
「運動でも少しなさったらいいでしょう」
「運動すると、なお肝癪が起こります」
 甘木先生もあきれ返ったものとみえて、
「どれ、一つ拝見しましょうか」と診察を始める。
 診察を終わるのを待ちかねた主人は、突然大きな声を出して、
「先生、せんだって催眠術の書いてある本を読んだら、
催眠術を応用して手癖の悪いんだの、いろいろな病気だのをなおす事ができると書いてあったですが、本当でしょうか」と聞く。
「ええ、そういう療法もあります」
「今でもやるんですか」
「ええ」
「催眠術をかけるのはむずかしいものでしょうか」
「なに、訳はありません、私などもよくかけます」
「先生もやるんですか」
「ええ、ひとつやってみましょうか。誰でもかからなければならん理屈のものです。あなたさえよければかけてみましょう」
「そいつはおもしろい、ひとつかけて下さい。私もとうからかかってみたいと思ったんです。しかしかかかりきりで目が覚めないと困るな」
「なに、大丈夫です。それじゃやりましょう」

 このあとの展開は、「吾輩は猫である」<八>のところで…
(「催眠」で(このページの検索)をするとちょうど良いあたりにいきます。) 
 ↓
吾輩は猫である  (青空文庫)

なお、甘木先生のモデルは、尼子四郎医師。漱石千駄木邸のすぐ近くに住んでいました。

「吾輩は猫である」が書かれたのは明治38年。
その背景には、明治36年の催眠術再ブームがあったらしいです。
また、漱石自身も、大学在学中の明治25年にアーネスト・ハートの「催眠術」を翻訳しており、造詣が深かったものと思われます。

「琴のそら音」(明治38年)という作品の中では、
「俗人は拙が作蔵を婆化したように云う奴でげすが、そりゃちと無理でげしょう。作蔵君は婆化されよう、婆化されようとして源兵衛村をのそのそしているのでげす。その婆化されようと云う作蔵君の御注文に応じて拙(せつ)がちょっと婆化(ばか)して
上げたまでの事でげす。すべて狸一派のやり口は今日(こんにち)開業医の用いておりやす催眠術でげして、昔からこの手でだいぶ大方(たいほう)の諸君子をごまかしたものでげす。
西洋の狸から直伝(じきでん)に輸入致した術を催眠法とか唱(とな)え、これを応用する連中を先生などと崇(あが)めるのは全く西洋心酔の結果で拙などはひそかに慨嘆(がいたん)の至(いたり)に堪(た)えんくらいのものでげす。何も日本固有の奇術が現に伝(つたわ)っているのに、一も西洋二も西洋と騒がんでもの事でげしょう。今の日本人はちと狸を
軽蔑(けいべつ)し過ぎるように思われやすからちょっと全国の狸共に代って拙から諸君に反省を希望して置きやしょう」
というような記述があります。
        ↓
 琴のそら音(青空文庫)
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  • このエントリーのカテゴリ : 文学
日本文学を代表する作家の催眠に関する1編の短編小説。(明治42年)
「魔睡」という言葉は、催眠術に対する明治20年代の訳語なのですが、字面などからあえてこのタイトルをつけたものらしいです。

 a.時代背景: 明治時代、「こっくりさん」や催眠術が大流行。
  鴎外自身も関心を持っていたようで、小説の中でも、
 「博士は色々な書物を読んだ中に、不幸にして魔睡術の事を
  少し詳しく読んでゐたのである。」と書いています。

 b.主要登場人物 
  博士 (鴎外自身)、博士の妻(当時妊娠中)、
  磯貝医師(○○大学教授がモデルと言われています)

 博士の妻が磯貝医師のところへ行ったときの回想:
「マツサアジユと申すとおつくうなやうですが、つひかういふ風にと仰って、いきなりわたくしの手を獲まへて、肩の処から下へすうとおさすりなさるのでございます。 (中略) 肩から下へ何編もおさすりなさるのでございます。」

「手をさすりながら、わたくしの顔をぢいつと見て入らっしゃいます。 (中略) 今日に限って何だか非道く光って恐ろしい目のやうに存じられましたのでございます。」

 そして気が遠くなり、そのときのことははっきりと覚えていない。

この回想を聞いて、博士はメスメル、ブレイドの名を思い出します。
 
「磯貝は魔睡の間に奈何なる事をもサジエストすることを得たのである。(中略) 磯貝は為し得る限の事を為したかも知れない。少なくともそれがポツシブルである。」

催眠の流行を背景とし、驚嘆と同時に、その怪しさが描かれています。
また、この時代は性に関して現在ほど自由ではなかったことを考慮しておきたいと思います。

なお、この作品は宮内庁で問題となり、鴎外は桂首相に呼び出され、新聞への署名執筆を禁じられています。
単行本に収められることがなく、また、戦前の「鴎外全集」にも収められることのなかった作品です。
  • このエントリーのカテゴリ : 文学

エピソード1:

イエスは、「何をしてほしいのか」と言われた。
盲人は、「先生、目が見えるようになりたいのです」と言った。

そこで、イエスは言われた。
「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」
盲人は、すぐ見えるようになり、なお道を進まれるイエスに従った。  
                        (マルコによる福音書 / 10章 51~52節 )

エピソード2:

医師は彼に、目には問題ない事を伝えた。
しかし、彼は頑なに盲目であることを主張した。
そこで、催眠療法を用いて思い込みを治療する事にした。
「その通りだ。確かに君は視力を失っている、
 しかし、君は神に選ばれた特別な人間なようだ。」
そして、彼自身の意思の力でその視力を回復した、
と思い込ませる事に成功した。

この毒ガスの後遺症から回復した後、
彼は総統としてユダヤ人の大量虐殺を指揮した。
                    (David Lewis 「ヒトラーを作った男」の記述より)

似たようなエピソードですが、
マブタを開いて後の行動がまったく違います。
歴史に「たら」「れば」は禁句ですが、
ヒトラーに「特別な人間」との思い込みがなかったら、
第二次大戦の歴史は
相当に様子が違っていたかも知れません。

結局は被験者自身の資質(リソ-ス)によるのでしょうが、
誘導の方向を誤ってはいけませんね。
特に自分自身の暗黒面を投影しないように気をつけなくては。

催眠は単にツールなのでしょう。

それを使う人のこころが結果を左右するということでしょうね。
 

 

  • このエントリーのカテゴリ : 催眠
  催眠のことや、心理学などを中心としたよしなしごとを書いて行きます。

 催眠というと、 <怪しい> だとか <危ない> 
だとか言う人もいると思うけれど、実は毎日の生活の中で身近にあるものなんですよね。

  私は「日本催眠心理学会」という会の活動で、催眠に関する正しい理解をすすめたり、興味をもたれたかたとお話をしたりしています。催眠は、しばしば <怪しい> <危ない> 感じでとらえられることが多いのですが、そうしたオカルトや超能力イメージによる誤解や偏見も無くして行きたいと思います。

  ひとのこころに備わった、すばらしい能力を活性化するためのツールとして。
 
 

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青狐レオ

Author:青狐レオ
催眠や心理学について研究しています。 テーマは「催眠」「心理学」「精神医学」「コミュニケーション」など。その他には、マジック、アート、インプロ、映画にも興味があります。

 

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