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明治41年の「警察犯処罰令」、明治43年~44年の「千里眼事件」を境として、催眠術のブームは去る。「千里眼事件」の主役ともいうべき福来友吉東京帝国大学助教授も大正2年に大学を去らなければいけないこととなってしまった。(大学を休職。期間満了後大学を去る。)

なお、「千里眼事件」をきっかけとして、東京帝国大学では催眠や、臨床心理学さえも研究対象からはずし、実験心理学一辺倒となった。

明治末期から、催眠に対してはネガティブなイメージがつきまとう。
神秘性を持ちながら、「いかがわしい」「怪しい」といった目で見られることになった。

例えば、谷崎潤一郎 「魔術師」 や 芥川龍之介 「魔術」は、催眠の神秘性・怪奇性を強調した作品である。

谷崎潤一郎 「魔術師」

芥川龍之介 「魔術」

しかしながら、この大正時代にも、催眠術は「催眠」という言葉を使わない形で息をしていた。
ひとつは、村上辰牛郎の「村上式注意術」である。
催眠術のいかがわしい部分を排除し、精神集中法・精神統一法として「村上式注意術」を推進し、とくに教育現場への浸透をはかっていった。

もうひとつは、当時の心霊学や唯心論、諸宗教、果ては大道芸や迷信などの概念を取り入れ、物質偏重の「科学」に精神の力ということを軸に対抗しようとした「霊術」である。心霊の仮面をかぶった催眠術と見ることもできる。
その代表例が古屋鉄石。彼は、明治末期から大日本催眠術協会を主宰し、多くの催眠術書を出版していたが、大正期には精神研究会を主宰する霊術家に転身した。

明治時代の催眠にたいする「科学」の観点は、もはやそこにはない。心霊的な精神療法があるだけだ。ただ、そうした心霊的な精神療法も、価格の手ごろさからかなり広まっていた。

このような「霊術」は、宗教とつながりやすい。 (現代でも、それとあまり変わりがないようだが...)
「霊術」の宗教への移行、あるいは宗教による「霊術」の利用という形がそれである。
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当時流行していた催眠術に決定的なダメージを与えたのが、明治41年9月29日に施行された「警察犯処罰令」である。

「みだりに催眠術を施したる者」は「30日以下の拘留または20円以下の科料」となった。
   (注)わかりやすくするため現代仮名遣いに書きなおした。

明治36年のブーム再燃のころから催眠術の悪用については問題視されていたのだが、ついに法律による制限が加えられたのである。

その前史を語る資料である 大沢謙二 「催眠術と国家医学の関係」 という論文の骨子は次の通り。


1.催眠術そのものは、健康を害するものではない。
2.ただし、十分に催眠術の方法を知らない者がこれをおこなうときは、不測の害を生じることがある。
3.一応催眠術の方法を知っている者でも、医者以外の者が治療の目的で催眠術を応用することは、禁止すべきである。
4.しかし、医者以外の者の催眠術治療を禁止するためには、「医療」を明確に定義することが必要である。
5.医者といっても、催眠術を学ばなければそれをおこなってはならない。
6.医者は催眠術を学ぶべきである。でなければ、「非医者」の跋扈を防ぐことができない。
7.催眠術が世間で流行することを防ぐには、催眠術の興行を禁止すべきである。
8.催眠術は「放火、放蕩、盗賊、偽証、証券偽造、猥褻」など、さまざまな犯罪に利用することができる。
9.催眠術にかかっている間の行為は精神障害のためであるから無罪だが、施術者は犯罪者として罰すべきである。
10.催眠術にかかっている間の発言は法律上無効だろうが、参考とすべき場合が必ずある。
11.催眠術から覚醒させるときの教唆は、法律家も医師も特別に注意すべきである。



催眠術の犯罪性に対する警告、法整備の必要性が述べられている。

医学界にとっても、民間の催眠術療法家は邪魔な存在であった。
明治37年6月18日、東京帝国大学に27人の医学者・法学者が集まり、「催眠術取締法」に関する相談会が開かれた。そして、国家医学会会長片山国嘉が催眠術の取り締まりに関する建議書を提出。その後結局冒頭に書いた「警察犯処罰令」が定められる。

これによって催眠術という言葉も使いづらくなった。

なお、催眠術興行についてみると、宮岡天外が「演技座に於いて催眠術を興行し警察犯処罰令によりて罰金15円に処せられ」ている。(明治42年2月28日「東京朝日新聞」)
しかしながら、民間のレベルでは引き続き催眠術の施術が行われていた模様である。
「催眠術」という言葉を使わず、暗示を与えることも可能であるからだ。

話は飛ぶが、森鴎外が「魔睡」を著したのがこの時期に当たる。
森鴎外 「魔睡」 

警察犯処罰令の施行後、「催眠術」という名前では生存しにくくなったためだろう、「催眠術」は次第に「霊術」として変貌していく。


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明治期の催眠学研究者というとき、福来友吉の名前を挙げないわけにはいかない。

福来友吉の師は、東京帝国大学の心理学者、元良勇次郎。日本における心理学のパイオニアである。それまでの催眠学研究が医学からのアプローチで行われてきたのに対し、福来友吉は心理学からのアプローチにこだわった。
明治36年のブーム再燃によって大衆に広まった催眠術に対しても批判的で、「科学的精神を以て真摯実着なる研究をなし、以て催眠術の発達に貢献すべき」とした。(「催眠心理学」) アカデミズムによる原理的な研究を目指したものである。

 (注)当時、催眠は心理学の一分野として「変態心理学」と呼ばれた。
    後に「異常心理学」「超心理学」という言葉も用いられるようになる。

明治39年には、「催眠心理学」を著す。(明治38年に書いた「催眠心理学概論」を増補改訂 したもの)これは、日本において催眠を学術的に体系だててまとめた初めての書物と言ってよいだろう。
欧米での当時の研究状況と膨大な実験データなども記載されている。

近代デジタルライブラリー ←「催眠心理学」も見ることができるので検索すると良いだろう

福来友吉は、明治41年に東京帝国大学の助教授となる。
それからの行動の方がよく知られているのではないだろうか。
映画「リング」で透視実験を行った猪熊教授のモデルとしてである。

「リング」のモデルとなった千里眼事件は、明治43年から44年にかけてのこと。催眠研究の第一人者であった福来友吉に、御船千鶴子のことが紹介される。御船千鶴子は催眠術をきっかけとして透視能力を獲得したという。
福来友吉は、最初は通信(郵便)によって透視実験を行い、後に御船千鶴子の実家で実験をした。
結果は驚くべきものであった。
マスコミは結果をもてはやし、センセーショナルな見出しが躍る。
ついで、長尾郁子の透視及び念写、高橋貞子の透視、三田光一の念写などが実験の対象として取り上げられ、福来友吉はそれにのめり込んでいく。 (但し、高橋貞子、三田光一は大正時代になってから)

しかし、アカデミズムはこれに対して批判的であり、また、「千里眼を実験している者は、透視が可能であるという前提にたって、新たな事実が見つかるとすぐに、あれもこれも可能だという。しかし、そもそも千里眼などを実験する場合には、まずできないという前提にたって実験すべきである」といた新聞記事も出ていた。

そして、明治44年1月4日、前東京帝国大学総長山川健次郎の組織した実験グループにより、長尾郁子の能力を実験したが、アクシデントやいくつかの謎を秘めたできごともあり、中断されてしまった。
マスコミの反応も冷たいものであり、「千里眼」熱は急速に収束していく。

同明治44年1月、御船千鶴子が自殺。同年2月、長尾郁子が病死したこともその理由である。

この事件を通して、科学によって超常現象が否定されるとともに、催眠術の怪しさが強調された。催眠術にとっては大きなダメージとなる事件であった。

この千里眼事件の少し前、催眠術にとってダメージを与えたものがもう一つある。明治41年9月29日に施行された「警察犯処罰令」がそれである。


*「千里眼」肯定側による本-実験の手順などが詳しく書かれている

透視も念写も事実である  ――福来友吉と千里眼事件透視も念写も事実である ――福来友吉と千里眼事件
(2004/01/25)
寺沢 龍

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*「千里眼」否定側による本-実験に対する批判が書かれている
 
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明治30年前後にいったん下火となった催眠術ブームは、明治36年に再燃する。

きっかけとなったのは、その年に発行された竹内楠三の「学理応用催眠術自在」 「実用催眠学」 「心理作用読心術自在」 (大学館) という催眠術書。 いずれもベストセラーとなった。 その後、類似の催眠術書が続々と刊行される。

また、民間の催眠術団体が相次いで組成された。 小野福平-大日本催眠術奨励会、桑原俊郎-精神研究会、山口三之助-帝国催眠学会などがその例である。これらの団体では、通信教育を行うなど、積極的に会員を獲得していった。その際に誘因としたのが、「懸賞」と「免状」である。

社会的な背景について少しだけ書いておくと、横山 源之助が「日本の下層社会」 (岩波文庫)を書いたのが同時期。明治政府の成立以後、物質文明を追い続けてひとつの曲がり角を迎えたときともいえる。物質主義に対するアンチテーゼのひとつともとらえることができるし、庶民の潜在的な不満をはらすという欲求にはたらきかけたとも考えることができる。

催眠術と同様に流行したのが「記憶術」「こっくりさん」「気合術」「テレパシー」「透視」といったもので、表面的には科学の装いをしていながら、相当にオカルティズムに傾くものであった。日本に移入された当初は医学、心理学の側面で研究が始まったのだか、明治20年代の快楽亭ブラックの催眠術ショーや明治36年からのブーム再燃により、大衆化するとともに、心霊主義やオカルティズムへ傾いていったということができるだろう。そういう意味において、催眠術は「科学」と「オカルト」とのはざまに存在するキメラあるいはヌエ的な存在であったと言えよう。

こうした流れにおいて「催眠術は万能」というとんでもない誤謬を唱えるものも出てきた。
精神主義の考え方である。この流れは心霊術へとつながっていく。

こうして、明治36年にブームが再燃した催眠術は、商業主義、娯楽、万病に効く療法、未来の予言、運命を占うといった大衆化に支えられながら流行していく。表面は科学の顔をしながら、実際のところはオカルティズムという姿で。この時代のありかたが、催眠に対する根強い誤解を生んだのではないだろうか。

そして、その流れの先の明治39年、福来友吉が「催眠心理学」を著す。

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明治20年代の催眠ブームは、明治30年前後になっていったん途絶える。

その理由のひとつが、次の報道からうかがえる。催眠術を悪用した犯罪である。

『先程より弘前市覚仙町野宮方に滞在中なる藤原嘉助なるものは心理的治療所と云う看板を掲げ各病平癒に効能ありとして催眠術を教授し迷信者を集め居る由なるが之を応用して婦女子に対して怪しからぬこともあるなどのうわさもある由なれば其筋にて注意ありたし猶お此種のもの各地にあるのみならず催眠術など号して村落を廻り居るものもあるとこことなるが催眠術取締規則でもあらまほし』
(明治36年12月2日 「東奥日報」)

要するに、催眠術による治療と称して、女性にわいせつな行為をするえせ「治療師」が出てきたこと。
なお、この記事で書かれている催眠術取締規則は、後に明治41年「警察犯処罰令」として現実化する。

もうひとつの理由として考えられるのが、明治20年代の新興宗教の発展と、それに対する新聞各社の攻撃である。

読売新聞や万朝報による蓮門教に対する批判、中央新聞による天理教への攻撃などがその例。
新興宗教に対する批判が、催眠術のオカルト的な部分に対する批判と連動し、オカルト排除の動きとなっていった。

これは高橋和巳の「邪宗門」からの引用。小説なのだが、時代の雰囲気をよく表していると思う。

 『弾圧にさきがけて、ひのもと救霊会が商業新聞の槍玉にあげられた時、人々の好奇心をそそったのは不敬団体であるということよりも、むしろ淫祠邪教であり婦人信徒が催眠術によって姦淫されているといった無責任な風評だった。ひのもと救霊会とほぼ同時に手入れされた東北のかくれ念仏宗も、教義如何よりもまず、法会での集団的恍惚状態が性的な解放--乱交にまでおよぶという投書が警察に探索をうながす動機になっていた。』

これらの事象が催眠に対する誤解と偏見を生んだ原因のひとつとなったことは容易に想像がつく。

明治時代の催眠のことを書くのは、こうした歴史があまりにも現在の状況と似ているように思えるからだ。試しに「催眠」というキーワードでWEB検索してみると良い。きっと上位には「催眠術による治療と称して、女性にわいせつな行為」に類するサイトが出てくることだろう。この構図は当時と全く変わらないのではないか。また、催眠といいながら宗教的な内容を伝えたり、疑似科学に基づいて人を誘い込もうとするものもある。
明治41年に「警察犯処罰令」が施行され、「みだりに催眠術をかけたもの」が処罰の対象となったことを再度指摘しておこう。

そして、いったんブームが途絶した催眠は、明治36年から再びブームをむかえる。 (つづく)
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今日は1月1日、旧暦の正月。

中国を中心とした旧暦文化圏では一番のお休み。
家族などが集まるときでもある。

新暦の1月1日と比べると、
日の出・日の入りの時刻なども違っているし、
「新春」という言葉がちょっとだけ実感される。
日の光の明るさからそう感じることが多い。

明治政府が西欧諸国に追いつくため、
太陽暦を公式の暦と定めてから
日本人の季節感は新暦に寄せて形作られてきた。
一方、古典文学、たとえば枕草子や徒然草、
浄瑠璃や歌舞伎の世界では、当然ながら旧暦が背景にある。

有名なところでは赤穂浪士の討ち入り。
12月14日だが、新暦の12月14日では、
ちょっと寒さの質が違っていて、多くのお芝居やドラマのように、
あんなに雪が積もっていることはまれだと思われる。
旧暦の12月14日を新暦に引きなおすと、
だいたいセンター試験のころ。 現代の討ち入りかな?
そして、そのころは雪が多い。

ビジネス社会や官公庁では当然新暦を使うのだが、
日本の古典を読むときには旧暦で季節を読んだほうが良い。

  願わくは 花の下にて 春死なむ
         その如月の 望月のころ (西行)

これは旧暦2月15日ころ、桜の花の下で死にたいと歌っているが、
新暦では3月中旬から下旬にあたる。ちょうど桜が開くころである。
旧暦での季節感を理解すると、古人と会話ができるような気がする。

新暦はビジネスや公式行事のため
旧暦は生活を豊かに楽しむため
と考えると、2つの暦を持って使い分けを楽しむことができるだろう。

「催眠話法コース」 (Hypnotic Language Course)は、会話の中に催眠的なことばづかいを自然に取り入れられるようになることをねらいとする、メールマガジンによる教育プログラム。イギリスのSalad社が提供している。 (無料)

ある人は___することができるでしょう。

ある人って? 誰のことでしょうか? 
無意識は、「ある人」というのは、その言葉を言われている人だと想定します。

ある人は、新しい経験に対して目を開くことができるでしょう。

ある人は、目を閉じてリラックスすることができるでしょう。

ある人は、こうしたパターンを無意識に統合させることができるでしょう。



ある人 (a person) と、特定しないことがここでのポイント。
主語をこのようにあいまいに示すことで、それを聞いた人は、主語を無意識のうちに「自分」に置き換えるようになる。

それは、面白い小説を読んでいて、あるいは、映画を見ていて、
いつの間にか主人公を自分に置き換えているこころの動きと同じ仕組みが働くからだろう。

ある人は、きっとそうしたことをよく理解して、効果のある暗示文をつくれるだろう。
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明治20年代には、催眠関係の論文(欧米の情報)などが紹介されはじめていた。夏目漱石がアーネスト・ハートの「催眠術」を翻訳したのが明治25年(1892年)。

また、催眠術を題材とした小説も発表されるようになっていた。
黒岩涙香訳 「銀行奇談魔術の賊」が明治22年。催眠術で銀行員から金庫を開く番号を聞き出すというもの。 金子不知火 「消防夫」が明治26年。 

そして、明治29年、英国人の落語家快楽亭ブラックによる催眠術興行が話題となっている。

 「一八九六(明治二十九)年十月九日、催眠術を試験。水害犠牲者向けの慈善興業で三人の子供を使い、神田神保町で催眠術を披露」

一八九七(明治三十)年十月十日、催眠術大入り。奇術も披露された。(海南新聞)

 同記事は松山三丁目の寿座での催眠術について延べ、「少年の皿廻し、ブラックの日本語話見るべく聴くべくに足る。就中、ブラックの話は真に妙に入りて嘆賞の外なく、日本人にして尚お斯く甘く日本語をあやつる者少なからん……」と記している。
 「一八九八(明治三十一)年二月九日、天覧十周年にブラックの催眠術、大入りのため二十四日まで日延べ」
「……英国人ブラックの催眠術、吉田菊五郎の日本古式の手品、その他数名の演芸者ありて種々の……」(鎮西日報)

一八九八(明治三十一)年八月一六日。「……石井ブラックの人情噺を始め、余興として同人の(マジック)および催眠術を見る由」(日出)



また『東京横浜毎日新聞』では、明治二十九(一八九六)年十月八日からの四回にわたる快楽亭ブラックに関する連載記事で、催眠術について触れている。

明治20年代は、こうした事象などによって催眠術がブームとなっていた。
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'The Top 10 Secrets of Conversational Hypnosis' から、
その要点の紹介: (第2回) 

・自分自身と世界に対する信念には強力な効果がある。
 それはクライアントにも伝わる。

・クライアントが素晴らしい被験者だと信じるのが難しいと感じるときは、そのふりをしてみよう。ミルトン・エリクソンはよくこう言ったものだ。「何でもそのふりをして、マスターできるよ」と。

・潜在意識というものは、本当の経験と鮮明に意明示した経験とを区別できないので、そのふりをすると、あなたの潜在意識はクライアントが素晴らしい被験者だとして意思疎通を始めるだろう。

・そうした意思疎通のやり方は、あなたの使う言葉や動作、言葉のトーンなどに表れるだろう。



スタンダード・ナンバーとなっている「プリテンド」 (歌:ナット・キング・コール)の冒頭には、「君がブルーな気分のとき、幸せだっていうふりをしてごらん。それはそんなに難しいことじゃないよ。」という歌詞がある。まずは自分自身を信じること。ふりをするだけで良いのだから。そして、相手もまたOKだということを信じる。これもまたふりをするだけで良い。そして、自分がそんなふりをしているかどうかもわからないというふりをしてみよう。そのとき、はたしてそれがふりと言えるのだろうか?

そのことについても、良くわからなくなってしまったというふりをしてみよう。

いつの間にか、ふりということ自体もどうでもよくなっているかも知れない。

*ナット・キング・コールの「プリテンド」-ベルベット・ボイスと称され、あんな風に歌えたらスゴイなと思える、好きな歌手の名曲。
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榎本武揚が催眠を日本に移入という説が有力。
 (高橋五郎 「心霊哲学の現状」 大鎧閣 大正8年による)
榎本武揚が幕府留学生としてオランダのハーグに留学し下宿したとき、ウィルヘルム・シュレーダーという催眠術師が同居していたという事実に基づく。

エルウィン・ベルツもその嚆矢と推測されている。 (著書「ベルツの日記」はよく知られている。明治政府のお雇い外国人。) 日本で最初に精神病学を講義した人物でもあり、また、東京大学で重いヒステリー患者に暗示療法を用いたらしい。

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日本における催眠の導入は、心理学や医学の移入の流れとひとつになるものである。馬島東伯は明治18年(1885年)ころから催眠を治療に使い始め、その後3年で約60人の患者に効果があったという。医学や治療への応用という観点で催眠は移入されていた。

一方、同じ明治18年(1885年)ころに、「こっくりさん」が流行する。
医学的な流れとオカルト的な流れとがともにこの年に動き出したという事実には興味深いものがある。この構図が現在に至るまで続いているからだ。
  • このエントリーのカテゴリ : 催眠
パニック障害を持つマフィアのボスと精神科医との交流を描いたコメディ作品。

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大仕事の前になると胸が苦しくなり、パニック発作を起こすようになったマフィアのボスが、精神科医を探す。そして、知り合いになった精神科医の生活はメチャクチャに。 例えば、結婚式の最中にこのボスがパニック発作を起こし、大騒ぎに。また、結婚してからも昼夜なく間断的に呼び出される。
このあたりのドタバタ喜劇が見もの。また、現実の問題としても、夜間に呼び出されることのおおい医師は大変だと感じる。

ボスをロバート・デ・ニーロ、精神科医をビリー・クリスタルが演じている。
二人のやりとりがこの映画の大きな魅力。

なお、ボスがパニック障害となった理由については、この映画のおしまいの方で語られているので、ここでは紹介しないことにする。

パニック障害は、条件づけられた恐怖と考えられる。
これに関しては、ジョン・ワトソンがふわふわの白いおもちゃを幼児に与えて、それと同時に大きな音をたてるなどの嫌なできごとを起こすと、幼児は白いおもちゃを見るだけで恐がるようになったという実験をしている。

脳科学的な観点では、こうした条件恐怖の形成には、大脳辺縁系の扁桃体が重要な役割を果たしていると考えられている。副腎皮質ホルモンの放出増加、ノルアドレナリンの放出増加、呼吸数の上昇、防御行動/すくみ姿勢、驚愕反応、恐怖の表情などが特徴的となっている。


パニック障害の治療については、前の記事にも書いたので重複を避けるが、ある程度自分で状況をコントロールできるようになってきたところで曝露療法が行われることもある。
例えば,失神を恐れている患者が失神しそうになるまで回転椅子でまわっているように,または過呼吸をするよう指示される。そうすると患者はパニック発作の最中その症状を経験しているときは失神は起きないのだと知るといったことだ。

ゆっくりした浅い呼吸法(呼吸コントロール)が過呼吸を制御するのに役立つ。
また、自分のパニック状態についての考え方や思い込みを解くためにものの見方を変える認知療法などが有効となる。不適切な条件づけをはずすということだ。

【参考:前の記事】
パニック障害の進化論的考察


  • このエントリーのカテゴリ : 映画
・ダーウィン(Darwin)は、不安を長い進化の歴史の結果ととらえる。
危険信号への反応として発生したものが、個々の有機体と種の歴史の過程で、同様な危険を回避するという一連の反応傾向を形成するにいたったと考えられる。

・恐怖的条件づけには遺伝的要因と環境的要因が複雑にからみあっている。

・全般性不安障害は、不安・緊張という形の警報(予期的警報)であると考えることができる。
不安は多種多様な危険に対する防衛反応である。

・また、不安・緊張という警報を発しすぎる人は、反社会的性質を持つと推測される。なぜなら、そのような人びとは、潜在的に危険な状況に対し、適応的な反応を示さないと考えられるからである。

・患者は、不安に耐え、回避を抑制するように指導を受ける。
 特定の「心配する時間」を別に設け、その他の場合には心配しないように努める。
  • このエントリーのカテゴリ : 心理
クライン (Klein)によるパニック障害の特徴についての説明:

パニック障害の特徴は「窒息誤警報」にあるとする。
窒息警報は、進化の過程で形成された酸素の不足に対する適応的反応であると考え、パニック障害ではこの窒息警報の閾値が低いとする仮説を提唱する。

同説の根拠として説明されているのは、

1.多くのパニック発作において最も顕著な症状は呼吸困難であり、
さまざまな研究が、パニック状態における呼吸器系の異常を示している。

2.パニック発作は、CO2の低下を特徴とする様々な状態(妊娠など)では低下する。

ということである。

ただし、この説について批判的な説もある。
たとえば、パニックは重大な危険に対する警報であり、さまざまな無条件刺激が引き金となり発生するもので、CO2はそのひとつに過ぎないということも考えられるからである。


なお、パニック障害への対処としては、心理教育が重要となる。

患者が、パニック発作を起こしても、苦しいけれど危険ではないと知って安心することもあるということだ。パニック発作のときに感じる不安に対処するため、弛緩法を教えることもある。
薬物療法のみならず、このような認知行動療法的なアプローチがとられることも多い。
  • このエントリーのカテゴリ : 心理
「催眠話法コース」 (Hypnotic Language Course)は、会話の中に催眠的なことばづかいを自然に取り入れられるようになることをねらいとする、メールマガジンによる教育プログラム。イギリスのSalad社が提供している。 (無料)

人は___することができます。

人はすることできます。 私は、誰とは言っていません。それで、あなたの無意識は、その人というのは自分のことだと想定することになります。

 ・人は、たやすくリラックスすることができます。

 ・人は、自分自身の創造性と交信することができます。

 ・人は、このパターンを他の人にも使うための想像力に富んだ方法を見つけることができます。



主語を 「あなた」ではなく「人は」と一般化するのがポイント。
これにより、1対1の対立関係ではなく、第三者のことを表層的には話すことになる。
ところが、あいまいに「人は」 (原文では a person なので、「ある人は」というニュアンス)ということで、具体的な誰かということが特定できない。

するとどうなるかというと、その人にとって最も身近にいる「ある人」、すなわち自分自身のことを自然に思い浮かべるようになるというわけだ。
もちろん、その人にとってまったく可能性のないことについて「___することができます。」ということはできないだろうが、その人にとってポジティブな小さな変化やその人にとってよい方向となると思われる行動について「___することができます。」と言うのが良いだろう。

誰ができるかって? 私は、誰とは言っていません。「人が」ですよ。
  • このエントリーのカテゴリ : 催眠
進化医学は、疾患メカニズムの標準的説明を、進化的起源に関する仮説により補足しようとする試み。ネシー(Nesse)の研究によるうつ病の進化論的説明は以下の通り。

大きな目標を達成するための継続的な努力が危険や損失をもたらす結果となる可能性が高い状況に直面した場合、うつ病になることは進化論的にみて有利。

 例1)絶対的権力者との争いに敗れる 

 例2)人生をかけた一大事業の失敗

これらの例においては、悲観主義に陥ったり意欲が欠如することは、それらが危険な行為(例1では自分よりはるかに強い人物と戦おうとすることなど)や、ムダな行為(例2では財源もないまま新たな事業を開始しようとすることなど)を抑制するという意味では有益。



うつの時期は、静かにして傷を癒す時期なのかもしれない。
そして、大樹が成長するときのように、土深く根を張り、養うという時期なのかもしれない。

だから、ムリをすることはない。
重大な決定をする時期ではない。
こころも身体も、そうしたことに向かない状態になっているのだから。

そして、目に見えないからといって、成長がないということでもない。
あせることもない。 ごく小さな変化、自分でさえ気付かない変化であったとしても、人は時とともに変化せざるをえないのだから。

うつの時には、もっと自分自身を好きになると良い。
好きな音楽、アート、映画、読書などをゆっくり味わうのも良い。
いつの間にか力が養われ、自分でも気付かない成長をとげていることだろう。
  • このエントリーのカテゴリ : 心理
【メモ】 斎藤稔正さんの考える変性意識状態の構造

変性意識状態の構造を考える際、現実指向性の高い正常な意識状態からアプローチする。

そして、以下の三つの階層構造として模式化する。

 1.上位体系 : 現実的行動のための最終的な意志決定

 2.下位体系  : 行動の立案、吟味、想像、方策、思考、操作、検討、確認などに関与

 3.基礎的体系: 生命としての人間の現実的適応に関連した基礎体系、自動的制御機能

この三つの体系は、現実指向行動においては、個々ばらばらに機能するのではなく上位体系により統合されて進行する。

ところが、変性意識状態は、上位や下位の体系に直接働きかけて機能低下をさせ、その結果が基礎体系に波及していく場合と、逆に下から上に進行して生じる場合がある。

催眠誘導は、こうした体系を混乱させるプロセスと考えられる。
そして、変性意識状態は非現実志向の状態であるため、現実の世界で歪曲されて適応していた体制が一度崩壊され、人間本来の自然良能の力により適応的に再体制下されやすいとしている。

ところで、斎藤稔正 『変性意識状態に関する研究』 松籟社は、廃刊となってしまって、現在とても入手が難しい。運よく見かけても、この前はたしか6万円以上の値がついていた。
そこで、この本を読んでみたいという方は、ぜひ、復刊リクエストを下のリンクから出して頂きたい。
リクエストを出したからといって、購入の義務はないのでお気軽に!

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こうした基礎的な研究成果が残っていかないと、まともな議論もできないのではないかと感じる。
  • このエントリーのカテゴリ : 催眠
【メモ】 E.ヒルガード 催眠状態の心理的特徴

 (1)意志的行動に対する要求の欠如。行動の能力はあるが、それを実践する意欲が欠如していること。

 (2)選択的注意集中状態。自分の周囲にまんべんなく注意を払うのではなく、催眠者の暗示だけに焦点を絞って注意野を狭窄させた状態。

 (3)イメージの活性化。外的な刺激を意図的に制限し、特殊な注意集中の効果を促進させる時のイメージの活性化。

 (4)現実吟味力の低下と歪曲された現実への耐性。現実志向性の低下による被暗示性の亢進と、日常の現実的論理では理解できないような歪曲された暗示に対する耐性。

 (5)被暗示性の亢進。同種の暗示だけでなく異種の暗示にも反応しやすくなる傾向。

 (6)催眠的役割行動。催眠者の要請する意図をくんで、その期待に応えるべく無意識的に役割演技をする被催眠者の傾向。

 (7)健忘の亢進。意識水準の低下による忘却の信仰。

 (8)心身のリラックス。現実志向性の低下とともに生じる心身のリラックス。


日常生活においてもも、ここにいう催眠状態に類似した現象が多くある。
そうした現象は、催眠に類似していることから、類催眠状態と呼ばれている。
それもまた変性意識状態のカテゴリーに含まれる。
  • このエントリーのカテゴリ : 催眠
【メモ】

近代における変性意識状態の考え方について

<W.ジェームス>

『宗教的経験の諸相』という著書の中で「意識の神秘的な状態」と記述。
正常な意識過程に無意識過程が侵入することにより、催眠現象、自動運動、種々の幻覚、妄想、強烈な宗教的回心のような変性意識状態が発生すると考えた。

<S.フロイト>

自我の境界線があいまいになるような状態はほとんどが病理的な状態であり、退行による現実歪曲にすぎないとする。また、このような状態での体験を大洋的感情(Oceanic feeling)とよび、たいていの人に存在すると認めている。

<C.ユング>

変性意識状態について、建設的、創造的な意義を見出す。とくに東洋的な宗教体験を通じて深遠な価値を感じていた。
  • このエントリーのカテゴリ : 催眠
斎藤稔正(1981):『変性意識状態(ASC)に関する研究』松頼社による

 『変性意識状態の心理的特徴』 について

1.喪失感覚

  (a)時間感覚の喪失……時間の歪曲・停止,忘我など
  (b)空間感覚の喪失……方向性のズレ,浮遊感,孤立感など
  (c)言語感覚の喪失……言語的表現への抵抗感
  (d)自己感覚の喪失……身体像の歪曲,分離感など
  (e)主観一客観の差の感覚の喪失…‥・彼我の一体感

2.派生的感覚

  (f)恍惚感……至福感,夢幻の境地,至高体験など
  (g)受動性…… 被動感,リラックス,退行性など
  (h)注意集中…‥熱中感,没頭,選択的注意集中など
  (i)一時性……一過性,儚さ,空虚感など
  (j)宇宙識……啓示的,洞察,周囲との一体感など


現実感覚の喪失または機能低下ということを述べている。

生活の中にある具体的な例をあげるとすると、
 ・読書、映画、TV、テレビゲームなどに夢中になっている状態
 ・祭り、スポーツ、ディスコダンスなどにおける陶酔状態
 ・宗教的体験
 ・アルコールによる酩酊状態
などがあげられるだろう。

いわゆる「超心理学」やスピリチュアル系団体の指導者は
この変性意識状態を利用して、全体への帰依ということを説く
場合もあるだろう。
その場合は、現実感覚や自己感覚を失った状態であるだけに危険だ。

催眠やNLPのワークにおいて、この変性意識状態を利用する
ものは多数あるが、一歩間違うと上記の危険性をはらんでいると
考えられる。この点については、それを実施する人による。
催眠家、セラピスト、プラクティショナーなど、呼び名はいろいろ
あるかもしれないが、そうした肩書きをはずした人こそ原点。

催眠やNLPといった手続き、投薬などはあくまでも手段にすぎず、
それに関わる人と人との関係がどうであるのかということだと思う。
いずれの手段にも限界はあると思われる。
一方、それに関わる人が何を目指しているか。
そうした原点における視点がないと、いずれの手段も危険をはらむだろう。
この点は常に注意しておきたい。
  • このエントリーのカテゴリ : 催眠
催眠関係の本をひらくと、「変性意識状態」という言葉が出てくることが多いが、それを定義した本は少ない。せいぜい「通常とは異なる意識状態」というところだろう。
重要なキーワードであるはずなのに、多くの人が意味もハッキリしないまま、この言葉を使っていることになる。

定義、意味もあやふやなままで議論をしてもしかたないと思うのだが…

そこで文献を探す。
ところが、変性意識状態については、
斎藤稔正 「変性意識状態(ASC)に関する研究」 松籟社 (1981年)
という本もあるのだが、残念なことに絶版となってしまい、入手が難しい。

なんとか手に入った本のひとつに以下のものがある。
目的の違う文献、しかも分析哲学という分野の違う関係の本ではあるが、
 須原一秀 「高学歴男性におくる弱腰矯正読本」 新評論 (2000年)
には次のような定義が書かれている。

高学歴男性におくる 弱腰矯正読本―男の解放と変性意識高学歴男性におくる 弱腰矯正読本―男の解放と変性意識
(2000/01)
須原 一秀

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1.何か(催眠、ドラッグ、瞑想、注意集中、広い意味での事件、なんらかの感覚刺激など)をキッカケにして、

2.時間、空間、主観・客観、自己、言語、などの感覚が日常的感覚と著しく異なってしまい、

3.恍惚感、眩惑感、解放感、拡大感、清涼感、溶解感、一体感、熱中、宗教的感情、自発性の放棄、などの一部ないし全部を体験し、

4.やがて元の日常的意識にもどる体験


この定義は、上記の斎藤稔正氏の本や、成瀬悟策、吉福伸逸両氏の著作を参考に定義されたもの。
それだけに、しっかりしていると感じられる。

より明確な言葉や脳科学での測定結果による定義がなされるまで、
当面は、この定義を使っていきたい。
もう少し文献には当たってみるけれども...

  • このエントリーのカテゴリ : 催眠
「催眠話法コース」 (Hypnotic Language Course)は、会話の中に催眠的なことばづかいを自然に取り入れられるようになることをねらいとする、メールマガジンによる教育プログラム。イギリスのSalad社が提供している。

「...、ではありませんか?」

「この『~ではありませんか?』という言葉は、『付け加えられた質問』と言われています。
そして、あなたがそれを文の終りにつけると、それに同意しないことが難しくなります。
そうじゃありませんか?

 ・トランス状態に入るのは良いことです。そうじゃありませんか?

 ・何か新しいことを学ぶのは楽しいことです。違いますか?

 ・あなたがその言葉をゆっくりうなずきつつ、声の調子を落としながら言うと、抵抗できないくらいにさえなります。そうではありませんか?



(注) 原文では、「...,isn't it?」

  英文法では、付加疑問文と呼ばれている。 
  相手に同意を求めるときに用いる言い回しのひとつである。
  上記ではあえて直訳をして硬めの表現にしているが、
  日本語に訳するときは、前後の関係に合わせて、
  「~ね」「~だよね」「~ですよね」「~じゃないかな」「~じゃなかった?」
  のような感じでとらえると、話し手のニュアンスが伝わるだろう。

  形式的には疑問文だが、これに反論するためには結構エネルギーが必要だろう。だから、この言い回しは、表面の柔らかさとは違って、相当強力なパワーを秘めている。

  ただし、「...」のところで述べていることについて、
  話し手と聞き手がある程度共感できないとまったく効果がない。
  例えば、まさかイスラム教徒に「豚カツっておいしいよね?」
  と言う人はいないと思うが...そうじゃありませんか?
  • このエントリーのカテゴリ : 催眠
題名のアルタード・ステーツは、「変性意識状態」。チャールズ・タートの造語。

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音と光を遮断したアイソレーション・タンクに浸かり、この映画の場合はクスリも使ってトランス状態に。
後はちょっと、ドラッグムービー、怪奇ムービーの味わい。スピリチュアル系のようにも感じられる。
幻覚(hallucination)のシーンが多く描かれている。

なお、アイソレーションタンクによる実験を進めた心理学者には実在のモデルあり。
ジョン・C・リリーがその人。

この映画には、1960~70年代にかけてのサイケデリック・ブームの雰囲気を感じることができる。



  • このエントリーのカテゴリ : 映画
G.W.オルポートとL.ポストマンによる社会心理学の古典的な名著。

デマの心理学 (岩波モダンクラシックス)デマの心理学 (岩波モダンクラシックス)
(2008/10)
G.W.オルポートL.ポストマン

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デマがどのように発生するかということを分析している。
デマの現象を分析し,想起・忘却・想像・こじつけの過程における歪みを実験に基づいて考察。
現在においてもとても参考になる。むしろ、インターネットの発達により、デマや流言が増幅した形で拡大しがちだからこそ、こうした本を読んで、その危険性を認識しておく必要があるのではないかと感じた。

公式的に書くと、

 デマや流言の発生 = 「情報の重要性」 × 「情報のあいまいさ」

    (嘘と本当の間に極大値を持つ)で与えられるとされる。

どうでもいいこと(重要性低)が嘘に決まっているあるいは本当に決まっている(あいまいさ極小)なら、デマや流言の発生はない。
大切なこと(重要性高)が嘘に決まっているあるいは本当に決まっている(あいまいさ極小)なら、デマや流言発生は噂話や伝言に留まる。
大切なこと(重要性高)が嘘か本当か分からない(不確かさ極大)ときに、デマや流言が発生する。

「正しい情報が正確に伝えられているのかどうか?」
こうした疑問をもって情報に接しないと、自分自身がデマを撒き散らすもとになりかねない。

また、「伝言ゲーム」のように、情報が人から人へと伝えられる過程において、
省略や誇張などが入り、オリジナルの情報を歪めてしまうという実験結果についても書かれている。

下図はその具体例の一つで、よく知られているものである。
図を見た後に、「目撃者」はその状況を証言し、それを何人か順繰りに伝えていくのだが、途中からカミソリを手にしていたのは図の中央、スーツを着た黒人ということになってしまう。
人がカメラのように見たものを焼き付けるのではなく、自分の脳で解釈した「事実」(本当の事実とは違っていることもあるのでかっこ書きした。)を記憶するということがわかる。
なお、刑事法学的には、「伝聞証拠の排除」(刑事訴訟法のテーマ)ということで語られる。

オルポートの実験図
(クリックすると拡大図が見られます)

情報が氾濫し、また、一般の人でも手軽に情報発信することができるようになった時代であるからこそ、正確な情報を誤解をまねかないような形で伝えることが重要だと考えられる。
  • このエントリーのカテゴリ : 心理
少し古い話だが、昨年のベストセラー上位を占めたのが血液型本。

ただ、血液型による性格分析について、
現在の性格心理学においては、否定的な見解が主流である。

1.日本における血液型性格論は、西暦1900年ごろオーストリアに
  留学していた原復来医師によってはじめて伝えられる。
  この考え方の根本には「黄禍論」(黄色人種はわざわいの源)があった。
「白人にはA型が多く、日本人や中国人にはB型が多い。
  B型は劣等であるにもかかわらず、A型である白人の権益を
  侵害しつつある。」といった内容のもの。要は人種差別論。 
  原医師はこの論に疑問を持っていたが、
  帝国軍の軍医たちは適正診断を目的として
  積極的に研究しはじめた。

2.その後、古川竹二教授が「血液型と気質」という本を書いた。
  この本では、仕事、結婚などの場面において血液型による性格分析
  が役立つということが述べられている。しかし、この見解は当時に
  おいても迷信として批判された。さらに、戦後、血液型と性格は
  関係ないと学会でも発表されている。

3.1970年代 能見正比古による「血液型人間学」がブームとなった。
  関係書はベストセラー。(今回のブームを思わせる)
  その流れはやがて恋愛関係、相性診断といったものに適用される
  ようになった。また、一部の企業においては、人事部門で
  人員配置のさいに使用されたりもしている。
  一定の年代の人の考え方は、このブームに影響されているものと
  考えられる。
  ブームの後、血液型による性格分析は、
  再度「科学的根拠なし」として退けられる。
  しかしながら、現在でも一部の雑誌、占い等で使用される例が見られる。

お遊びとか「合コン」での最初の話題作りには良いかも知れないのだが、
一方で、戦前に外務省の嘱託医が「外交官にはO型が向いている」との
説をとなえ、そのためにO型でない外交官が辞表を出したという例も
伝えられている。
能力がありながら血液型によって望む職種につけないということが
あるとしたら、それはむしろ「差別」と言うべきでは?

また、いくらお遊びでも、人格を否定的な文脈で述べる 
(例えば、「クソ真面目で面白みのないA型」「アバウトでいい加減なO型」)
のは良くない。それよりも、その人の良いところを見出す努力を惜しまないことだろう。
人にはそれぞれ良いところがあるからだ。
それでも、どうしても血液型が使いたければ、
「快活で活動的なB型」「物事によく気が付くAB型」といったように、
肯定的な文脈で使うのが良いだろう。

科学的な根拠もなく、また、人種差別に根ざす
血液型性格論はもういい加減やめにしてほしいと思っているのだが…
  • このエントリーのカテゴリ : 心理
『精神分裂病の理論化へ向けて -ダブル・パインド仮説の試み』

タイトルは、1956年に発表された、ベイトソンのダブルバインドについての中核的な論文。

家族をシステムとしてとらえ、精神分裂病(統合失調症)を発生させる原因として立てられた仮説である。なお、現時点において、精神分裂病(統合失調症)の原因はまだ確定されておらず、ダブルバインドがその原因とすると決め付けてしまうことには問題がある。

以下がその中でもダブルバインドについて解説している箇所。

ダブル・パインドの状況の構成要素として、
われわれの見るところ、次のものが必要である。

一、「ふたりあるいはそれ以上の人間
 
  この複数の人間のうちひとりを、定義上、「犠牲者」と呼ぶことにする。われわれの考えでは、ダブル・パインドは母親のみによって課せられるものではない。母親のみの場合もあれば、母親と父親と兄弟姉妹の何らかの組合せによって課せられる場合もある。というのがわれれわの仮定である。

二、繰り返される経験

 ダブル・バインドは、犠牲者の経験に繰り返し現われるテーマであると考えられる。われわれの仮説が注目するのは、精神的外傷を惹き起こす単一の経験でほなく、ダブル・パインドの構造が習慣的な期待となるような、繰り返される経験なのだ。

三、第-次的な禁止命令 

 これは次のふたつの形式のうちのひとつを採るだろう。
(a)「何々のことをするな、さもなければあなたを罰する」
あるいは
(b)「もし何々のことをしなければ、あなたを罰する」
こうした場合、われわれは報酬追求のコンテクストよりも、むしろ処罰回避に基づく学習のコンテクストを選ぶ。この選択には恐らく明確な理由はない。愛情が示されなくなる、或いは憎悪か怒りの言葉が浴びせられる。更に最も惨憺たる場合には、親からもどうしようもないと言われ、その結果見捨てられてしまう、といったことが考えられる。

四、より抽象的なレヴェルで第二次の禁止命令と衝突する第二次的な禁止命令。

 これも第一次の禁令と同じく生き延びることに対する脅威となる処罰或いは信号によって補強される。この二次的禁令は一次的禁令に比べて記述することが一層難しいが、その理由はふたつある。第一に、この禁令はふつう非言語的手段によって子供に伝えられるからである。ポーズ、ジェスチャー、声の調子、意味深長な動作、表面上の言葉に隠された含意といったものすべてが、このような抽象的なメッセージを伝えるのに用いられるであろう。第二の理由として、第二次の禁令は第一次の禁止のどの要素にも衝突するということが挙げられる。従って、第一次の禁止命令が言葉によって表現された場合には、実に様々な形を含むことになろう-例えば「これを罰とみなしてはならない」「私を処罰屋と考えてはならない」「私の禁止命令におとなしく従ってはならない」「やってはいけないことを考えてはならない」「最初の禁止命令に例示されている(或いは、例示されていない)私の愛情を疑ってはならない」等々。ダブル・パインドがひとりではなくふたりによって課せられるときには、他の例も可能になる。具体的に言えば、一方の親が、もう片方の親が発した禁止命令をより抽象的なレヴェルで否定する場合がそれに当たる。

五、犠牲者が現場から逃れるのを禁ずる第三次的な禁止命令 

 形式的な意味では、この禁止命令を独立した項目として掲げることは不必要かもしれない。他のふたつのレヴェルでの禁止命令が強化される場合には、生き延びることへの脅威が含まれているし、もしダブル・パインドが幼児期に課せられた場合には、当然逃げられるはずがないからである。しかしながら、ある場合には、純粋な禁止とは言えないある種のたくらみによって、現場から逃げることができなくなるという事態もあるように思われる。気紛れに愛情を約束してみせる、といったことがこのたくらみの一例である。

六、最後に言いそえれば、犠牲者がみずからの世界がダブル・パインドのパターンのうちにあるのだと知覚するようになったときには、これまで述べてきた構成因子が完全に揃う必要ほもはやない。   

 その場合には、一連のダブル・パインド状況のほとんどどの部分を取っても、パニックなり憤激なりを促進するのに十分であろう。相互に衝突する禁止命令のパターンが幻聴の声によって引き継がれることすらある。


この定義だけではわかりにくく難しい。
そこで具体例:

  子供が精神病になって入院している。
  少しばかり回復して、母親が息子に会いに行く。
  母親は本当は息子との親密な関係を恐れている。
  なぜなら、母親は自分を捨てた夫を思い出すからだ。
  母親はその後ろめたさを隠そうと愛情に溢れた声を息子にかける。
  「私はお前を愛している。おまえも母を愛しておくれ。」
  しかし、母親の表情や、息子が近づこうとしたときの母親のこわばり
  は、このメッセージが文字どおりの意味でないことを表している。
  母親は手を差し伸べながら後ずさりしているようなものである。
  息子は母親を愛することも愛さないこともできない。 

  「こっちにきて私をハグして」というメッセージと、
  「私をハグすると、私は不愉快に感じる」というメッセージが衝突。
  さらに、「母親を愛することができないのは、お前に問題がある」
  というメッセージをこのコミュニケーションにより伝えている。
   (言葉を変えていうと、自己認識への攻撃。)

  息子のほうはこの関係にとらえられてしまい、動くことができない。
  
他にもあるのだけれど、
とりあえずベイトソン自身による定義づけの紹介まで。

なお、ミルトン.H.エリクソンは、このダブルバインドを進化させ、
選択の結果のいずれをとってもクライアントにとって良い結果となるような
『治療的ダブルバインド』をセラピーにおいて用いた。

精神の生態学精神の生態学
(2000/02)
グレゴリー ベイトソン

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*『精神分裂病の理論化へ向けて -ダブル・パインド仮説の試み』 は、この本の第三章に収められている。表紙のイルカは、ベイトソンがジョン・C・リリーとイルカのコミュニケーションを研究したことに由来するものだろう。
  • このエントリーのカテゴリ : 催眠
ダブルバインド状態として紹介されている映画のシーンをふたつ。

このNLP事典の記述に基づくもの。
     ↓
NLP事典(英語。1日25回まで参照可。)

1. 「不思議の国のアリス」
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(2007/05/01)
不明

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   パンとバターフライ (バターつきパンのチョウチョ)。

   羽はバターつきパン、頭は角砂糖でできている。

     アリス: 「何を食べて生きてるの?」
     バターフライ: 「クリームの入った薄いお茶よ」

   アリスはジレンマに気付く。
   お茶を飲めば頭の砂糖が溶けて、死んでしまうことになる。

     アリス: 「もしお茶がなかったとしたら?」
     バターフライ: 「もちろん死んじゃうわよ。いつものことだけど。」

   お茶が飲めなければ、飢えて死んでしまうことになる。

   パンとバターフライは、古典的なダブルバインド。

     ・飲み物がなければ、飢えて死ぬ。
     ・お茶を見つけて飲めば、頭が溶けて死ぬ。
 
    (ルイス・キャロルの原作では「鏡の国のアリス」第三章に登場)

   ダブルバインドの基本構成:

     もしあなたがAということをしないならば、
     あなたは(生きられない、安全でない、楽しくない、などなど)
     しかし、もしあなたがAということをすれば、
     あなたは(生きられない、安全でない、楽しくない、などなど)


2.「ソフィーの選択」

  第二次世界大戦下、ユダヤ人のソフィーは、ふたりの子供(息子と娘)
  とともにナチの強制収容所に送られる。

  収容所に着くと、「子どもはどちらか一人だけを選べ」と。
  さらに、「もし選ばないのだったら、二人とも死ぬだけだ」と言われる。

  明白なダブルバインドの状態にあって、彼女は選択できない。

  看守が二人とも連れて行こうとしたとき、彼女は、息子を選択し、
  娘に死の運命を与えるという絶望的な選択をする。

  娘を失ったということに加えて、ソフィーは、
  <娘は、母親が息子を選択したことによって、自分が死ななければ
   いけないこととなったということを知った。>という事実に
  直面せざるを得なくなった。



ダブルバインドは、心理的なストレスを生み出すことが明らか。

 ベイトソンの定義のところは、ちょっと後まわしにするとして、
 こうした映画のシーンを想像したり、あるいは映画を観たりして、
 ダブルバインド状態というものを考えるのも良いだろう。

 この2つの映画は、ともに自信をもってオススメできる映画でもあるし。 
  • このエントリーのカテゴリ : 催眠
グレゴリー・ベイトソンは次のようなものを観察した。

  動物園で数匹のカワウソがじゃれて噛み合っている。
  互いに「噛んでやる」と牙を見せるのだが、同時に
  「これは遊びだよ」というメッセージを伝え合っていることに気づく。

   *互いに「戦わない」というメッセージを交換するためには、
    牙によって「戦い」を示しながら、それと同時に、
    牙によって表示される「戦い」が答えなのではなく、
    それを否定すること、あるいは
    それと反対の意味だということを伝える必要がある。 
          ↑
       言葉を持たない生き物の場合、 
       「~しない」ということを、イメージだけで表現することが
       必要であるが、それを伝える方法として、
       一旦は「~する」という形態を見せる。
  
   「戦わない」というメッセージを伝えるために、
   牙によって「戦う」という形態をとること、
   その形態中にある暗黙の否定のメッセージを考えていくことで
   ベイトソンはダブルバインド(この言葉もベイトソンの造語)
   の理論をつくっていくことになる。

 単に「ダブルバインド」という言葉で思い浮かべる内容も、
 それを受け止める人の知識や経験によって異なってくると思われる。

 こんな風に源流から追っていくことで、どういうように変遷してきたかということもわかり、言葉の意味もよく理解できるようになるのではないだろうか。

精神の生態学精神の生態学
(2000/02)
グレゴリー ベイトソン

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   *グレゴリー・ベイトソンの代表的な論文集。
    ダブルバインドの源流をたどるときに欠かせない本。
  
  • このエントリーのカテゴリ : 催眠
「催眠話法コース」 (Hypnotic Language Course)は、会話の中に催眠的なことばづかいを自然に取り入れられるようになることをねらいとする、メールマガジンによる教育プログラム。イギリスのSalad社が提供している。

_______なぜなら、...

人は、あなたが「なぜなら」というと、言われたことをやりやすくなります。なぜなら、ものごとについての理由を欲しいと思うからです。

 ・あなたは簡単にトランスに入ることを学ぶことができます。なぜなら、あなたには無意識があるからです。

 ・あなたはそうした変化を始められます。なぜなら、十分長い間待っていたからです。

 ・あなたはこれらのパターンを学ぶのを楽しむことができます。なぜなら、あなたはどのように話したらよいか学びましたし、自分がどんなにうまく話しているか知らないからです。



心理学者 ランガーは、次のような実験をした。
コピーを取っている人に近づいて、以下のA~Cの言葉をかけながら、先にコピーをさせてくれるように頼んだ。
A「先にコピーを取らせてくれませんか?」と、頼む。
B「急いでいるので、先にコピーを取らせてくれませんか?」と、理由を言いながら頼む。
C「コピーを取らなければいけないので、先にコピーを取らせてくれませんか?」 と、理由になってない理由を言いながら頼む。
 ……するとその結果、承諾率は、Aが60%で、Bが94%。
 ところで、Cの承諾率は「93%」で、ほとんどBの場合と変わらなかった。

人は、「○○なので……」、「○○だから……」と、理由を言われると、つい内容とは関係なく「正当な頼みごと」と感じてしまい、ついOKをしてしまう傾向にある。
 これを「カチッサー効果」と言っている。
 (名前の由来)カセットレコーダーのスイッチを『カチッ』と押すと、音楽などが入っていなくとも『サー』という音が聞こえることから、「1つの働きかけによって無条件である行動を起こしてしまう」という意味でつけられた。
  • このエントリーのカテゴリ : 催眠
'The Top 10 Secrets of Conversational Hypnosis' から、
その要点: 

その1.心の中で明確な目標を定める。

セッションにおいて、クライアントのどんな反応を望むのか、明確に心に描くことが大事。

脳神経組織というものはゴールを求めるものだから、それに明確なゴールを示すことで、脳神経組織がその達成を助けてくれる。催眠セッションであれば、クライアントがどのような形でトランス状態に入っているか、また、笑うならばどのように笑うのか、見えること、聞こえること、感じることを具体的に示す。

そうすることによって、自分自身の潜在意識がそのゴールを達成するように働く。


ゴールは、事前にクライアントとよく話し合って決めておくのが良い。
不可能なゴールを定めるのは意味がないので、最初から避ける。また、ゴールについて共通のイメージを持つことによって、お互いに不要な万能感や依存関係に陥ることも避けられるだろう。

  • このエントリーのカテゴリ : 催眠
NLP(Neuro -Linguistic Programming: 神経言語プログラミング)のアイ・アクセシング・キューについて。

なお、アイ・アクセシング・キューとは、眼球が、視覚、聴覚、身体感覚によるそれぞれの思考や処理を示す、特定の方向へ動くこと。たとえば、「過去の視覚的イメージを想起するとき、眼球が左上に動く」など。

NLP創始者である、バンドラーとグリンダーの
「王子さまになったカエル」 (東京図書)には、こんなことが書いてある。

「信用してもらえるかどうかわかりませんが、これが今日お話しするテクニックのひとつなのです。人間の行動を、頭の中の動きと結びつけて極端に一般化していますから、100%正しいとは言えません。しかし、それを承知の上でいろいろ試してみると、非常に役立つことがわかるはずです。
 この例に限らず、今日のセミナーにはいろいろなこじつけや、でっちあげが出てきます。私たちはこれが、真理であるか否か、神経学的に証明され確認されたものであるかには、興味はありません。
 大事なことは、こじつけやでっちあげであることを認めたうえで使ってみたときに役に立つかどうかです。」

 いかにもアメリカ的なプラグマティズムに基づく話しかたである。

それから、
「今回のようなセミナーを開きますと、聴衆の皆さんは、自分が『視覚人間』『聴覚人間』『触覚人間』のうちのどのタイプであるのかを知りたがります。しかし、実際は誰もが三つの感覚を持っているわけですから、どれかひとつのタイプに分類できるというものではないのです。逆に、三つの可能性を持っているのに自らひとつに限定してしまうことになってしまいます。」
とも言っている。

こうした文章を読むと、
アイ・アクセシング・キューやVAKのタイプ論といったものは、
創始者においても、こじつけ、でっちあげと認識されていたことがわかる。

原点においては、それをプラグマティズムで、「役に立てばよい」として使ってきた経緯にある。ところが、時を経るに従って、一部には教条主義的に教えているところもあるのだろう。
たとえば、メリットは伝えるが、その限界は伝えないとか、
仮説とかモデルの説明をしているのに、それを真理として伝えるとか。

その結果どうなるかというと、劣化したコピーが大量発生することになる。
観光バスの中で楽しむ「伝言ゲーム」ならばそれを楽しむのも良いのだが、取り扱っている問題がそうではないから、正確に伝えていくことが必要だと思われる。

コミュニケーションにおいて、話し手は、自分が言いたいことを話せばそれで終わりということではなく、「自分の言いたいことがきちんと相手に伝わったかどうか」ということまで責任を持っている。
ましてや、NLPはコミュニケーションに関するスキルなのだから、上述したような省略や誇張、一般化などを回避するように、よく注意を払って伝えるべきであろう。
  • このエントリーのカテゴリ : 心理
 

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青狐レオ

Author:青狐レオ
催眠や心理学について研究しています。 テーマは「催眠」「心理学」「精神医学」「コミュニケーション」など。その他には、マジック、アート、インプロ、映画にも興味があります。

 

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